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私的なものが触れるフロンティア

作品講評なんかでよく評論家が「もっと社会性のある作品が見たい」と言うのを聞くことがある。僕自身、過去に制作した『stand』について、「あなたの作品は素振りのようなものだ。これからは私的なものでなく、もっと外に開いてテーマを持つべきだ」と助言をいただいたことがある。

もちろん、社会性のあるテーマを扱いアプローチしていく作品は必要だと思う。でも、それをあらゆる作品に求め、絶対的な評価基準にするのは何か違うのではないか。そんなもやもやをずっと抱えていたが、『文化のなかの野生』の著者・中島智さんや、庭文庫店主の百瀬雄太さんの一連のツイートを読んでいて、光が差し、いくらか道が開けたように思う。いくつか引用してみよう。

芸術、少なくとも美術において、〈私的なもの〉は〈社会的なもの〉よりも広域宏大である。観念的な図式で考えると、その逆に思われてしまうのだけど、社会的なものが「慣習的に共有されうる質感」にすぎないのに対し、私的なものとは「人類がかつて触れたことのない質感」にリーチしていく実存だから。

芸術作品を鑑賞する、とは、社会なもの communication の枠組みから、作品を「ヘンな人(の、わからないモノ)」と断じていくことではなく、「人類がかつて触れたことのない質感」へと誘うものとして眼差していくことなのである。これが、私的なもののもつ醍醐味であり、資質であることを解すること。

Twitter 中島智 @nakashima001 2022年7月17日より

報道記者「高瀬作品の選考過程で、どんな世相を反映しているという議論があったのでしょうか?」
川上弘美「どんな世相? 選考委員は小説をそういう形では読まない。」
報道記者「今の時代に高瀬作品が選ばれた意味は?」
川上弘美「どの小説も今を書いているんですよ。」

これは作家に「この作品は社会にどんな意味があるの?」「これを今作る意味ってなに?」と訊くことと同然の愚である。しかし過日述べたように、〈社会的なもの〉が触れえないフロンティアに〈私的なもの〉では触れているという事実は、「制作」を識らなければわからないので、こうした愚問は絶えない。

芸術作品を素人が語るさいに、しばしば陥るのが社会反映論という構図である。「それは社会にどんな意味があるの?」という問いは、「生 zoe は生政治 bios に繋がなければ無価値」という強迫観念がある。「それを現代に作る意味は?」という問いも、「私性とは閉じたもの」という固定観念がある。

Twitter 中島智 @nakashima001 2022年7月22日より

誰にも届かない作品なんてただのひとりよがりですよ、そう言ってしまう人は、アートが〈人間の自然〉として生えていることが、見えていない。

作品は受け手において完成する、そのロジックもまた似たものであると言えるだろう。受け手という誰かがそれを享受しなくては意味がないという視界に立つ時、誰にも関わりを持たない生は無意味だと言っているようなものである。」

社会的合理性からは非合理的なものとしか見えないものがある。意味以前に咲くものの、生の自然さが、経済的合理性や生産性の視界からは見えないものとなる。本当は、ただ咲いているだけでいいのだ。生はそのようにしかないのだから。

Twitter 百瀬雄太 @nekohashiru 2022年8月4日より

絵が観れない人は、「こんな豊かなイメージ、どこから出てくるのかしら」とよく言う。長大な叙事詩にしても、数十メートルもある絵巻物にしても、キース・ジャレットの終わりのない即興演奏にしても、その表現をどこかに、心的表象として貯蔵している記憶システムがあると勘違いしてしまうわけである。

制作における身体がわからないと、絵画大作でも、数日間にわたって語られる叙事詩や神話でも、果てしなく奏でられる即興音楽でも、彼らがインプットした膨大な情報をどこかに保持していて、それをアウトプットしていると勘違いしてしまう。実際には、環境に遍在するものが身体図式を通して表れている。

だから美術鑑賞でも音楽鑑賞でも、文学鑑賞でもそうだが、そこに浮上してくるのは身体(身体図式)なのである。ここが観えないと、造形も、音楽も、視聴ができていないことになる。これは存外、ときには芸術研究者を自認する方々においてさえ、観えていないことがよくある。もちろん、その自覚はない。

Twitter 中島智 @nakashima001 2022年7月27日より

やや難解だけど、僕にとっては灯台の明かりのような言葉だ。染み付いてしまった観念によるコントロールから解放されて、自分の内側の衝動に正直にシャッターを切り、環境とただひたすらに踊っていたいと思う。そうすれば、社会的なものが到達できない未知の領域に、触れることができるかもしれない。

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