写真論

写真集について考える

うたたね

写真集とはなんだろうか。
ウィキペディアでは次のように綴られている。

写真集(しゃしんしゅう)とは、数十から数百の写真を、あるコンセプトによって編集したもの。印刷物である場合が多いが、印画紙そのもので構成されたもの、CD-ROMなどのデジタル媒体の場合もある。
対象となる被写体は、人物、動植物、建築物、鉱物、天体等、森羅万象。テーマも、報道、スポーツ、ヌード、風景等、多岐にわたる。
撮影の対象を重視する場合と、撮影者を重視する場合の、大きく2つに分ける考え方もある。前者は、例えば、アイドル写真集(タレント写真集)、猫や犬などの動物の写真集や一部の報道写真集(「20世紀を写す」といった類のもの)であり、後者は、例えば、アンリ・カルティエ=ブレッソンやアンドレ・ケルテスなどの写真家の写真集である。もちろん、「篠山紀信が撮影した宮沢りえの写真集」といった、両方が重視される場合もあることから、この分類は絶対的なものではない。
出版物として流通されるものを写真集として考えがちであるが、個人が何枚かの写真をまとめ、1部だけ作ったものであっても写真集であると言える。
「写真集」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)2014年7月19日7時(日本時間)現在での最新版を取得

思えば、小学校から高校までの美術の時間、写真集の読み方について学んだ記憶はない。

写真を勉強し始めた頃、川内倫子さんの写真集にはじめて出会ったとき本当に衝撃を受けた。
なんだろう、この映像のようで、映像では表せない流れの中に潜む魔法は…。

だから、みんなが小学校、中学校の頃からもっとアートとしての写真集の読み方について学べる時間があってもいいと思う。

 

写真評論家にとっての写真集

写真集食堂めぐたま

さて、話は戻り、写真集とは一体なんなのだろうか。

その答えを探すべく、先日、写真集食堂めぐたまにて行われた写真評論家・飯沢耕太郎さんのトークショーに行ってきた。
飯沢さんが「写真集が時代をつくる! ―飯沢耕太郎が選んだ25冊の写真集」という本を書き、その出版記念として開かれたものだ。

残念ながら、トークショーではセレクトした写真集の解説に的が絞られ、写真集とは何かということについて語られることはなかったが、一言素晴らしいお言葉を聞くことができた。
それは、スライド用のノートパソコンのトラブルで話の流れが一旦止まったときだった。

”写真集には世界の全てがある”

確かにそう飯沢さんはぽろっとおっしゃっていた。とても深い言葉である。
なぜだろう。

ひとつには、写真集は一つの時代の空気を鮮明に閉じ込める力があるからだと思う。
時代ごとに本を開けば、その時代、その時代が本の香りとともにぱあっと目の前に生々しく蘇る。
魔法の小瓶のようである。

飯沢耕太郎さんのサイン

さて、僕はこれからこの時代の空気をどういう風に小瓶に詰めようか。
そして、100年後、誰かがその小瓶を開けるのを密かに夢見よう。
そう考えると、とてもワクワクしてくる。

(2014年7月16日 写真集食堂めぐたま 『写真集が時代をつくる! ―飯沢耕太郎が選んだ25冊の写真集』出版記念トークとパーティ)

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