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風景写真の新境地を探る写真家たち

写真において、「風景・ランドスケープ」という分野は、「ポートレート」と同じくらい伝統的で人気の高いジャンルのひとつでしょう。
そのため、美しい風景写真はすでにあちこちにあふれていて、新たにアート作品として独自性の高いものを目指そうと思うとなかなか難しいものです。

今月のIMA(vol.17)は、この風景写真という分野で新境地を見出した作家数名をピックアップして特集しています。
中でも僕が特にこれはと思った3人の作家を紹介します。

 

インカ&ニクラス

インカ&ニクラスは、フィンランド人とスウェーデン人のユニットです。

なんでしょう。この不思議な写真は…
美しい風景の中心に、黒い穴のような空間が広がり、まるで風景を飲み込もうとしているように見えます。

この影の正体。
実はなんと、25セントのコインをレンズに貼り付けて撮ったものだそうです。

どうしてこんなことをしたのでしょう??

彼らはこう語っています。

アメリカを旅するのは4回目の経験でした。観光名所の中でも“巨匠級”の超有名スポットを、ひとつずつ訪れたのです。どこへ行ってもデジタルカメラやスマートフォンを持った観光客ばかりで、シャッター音は全方向からひっきりなしに聞こえます。そのような状況にしばらく身を置いていると、撮影という行為に、風景が「消費されている」ように感じられてきました。あたかも、素晴らしき風景が、その輝きを失っていくような感覚です。なぜこれほどまで不必要な風景写真が量産されなければいけないのか……その疑問が頭から離れなくなりました。そこで、25セントコインをレンズに貼ることを思いつきました。25セントといえば、観光名所に必ずといっていいほどある有料の双眼鏡を使用する料金と一緒です。風景写真に対する”バイオレンス”ともとれますが、すでに無数に存在するイメージと同じ写真を撮ることに何の意味があるのかという問いかけでもあります。

(アマナ『IMA Vol.17』「風景写真のクリシェを問う」P34より)

面白いですねー。

確かに観光地に行けば、みんなスマフォを取り出してシャッター音を鳴り響かせています。

そんな現代的な様子をただただ不快だとかいかがなものかなどと思って片付けるのではなく、新しい風景として印象的な作品に昇華していくインカ&ニクラス。

他にも彼らは、岩石にカラフルなライティングを施したり、粉末を空中に放り投げたりと面白いアプローチで風景写真とは何か探求する作品を制作しています。

 

水谷吉法

これは美しい!でも少し不気味な作品ですね。
鳥たちは黒い影となって表情は見えず、何より異常な数で群がっているのが怖くもあります。

水谷吉法は都市の中で異常繁殖する鳥をテーマに撮り続けている写真家です。

『HANON』(=ハノン。フランスのピアノ教則本)と名付けられた新作写真集は、電線に群がっている川鵜を撮っただけのシンプルな作品ですが、繊細な美しさとなんとも言えぬ怖さを秘めています。

批評家の布施英利はこう語っています。

生物の進化で、鳥類というのは、恐竜などの巨大爬虫類の生き残り、という考えがある。恐竜の時代、哺乳類はその恐怖に怯え、夜の片隅でひっそりと活動し、生き延びていた。その恐竜の面影が、いまの鳥に残っていて、だから哺乳類の末裔であるヒトは、恐竜の末裔である鳥に恐怖心を抱く、と。『HANON』に登場する川鵜は、首も長く、そのシルエットが恐竜を連想させもする。飛び交うインコの大群、恐竜みたいな姿の川鵜。たしかに人の心の奥にある恐怖のスイッチを入れる何かが、水谷の撮る鳥にはある。その恐怖心はまた、文明が極まり、自然が破壊されていく環境問題の恐れとも通じる。

(アマナ『IMA Vol.17』「都市の空を覆う鳥の恐怖」文=布施英利 P66より)

生態系が壊れ、あっという間に絶滅危惧種になってしまったり、逆に天敵がいなくなって異常繁殖してしまったり。
確かにそんな極端な変化は、“不協和音”となって僕たちを不安に陥れます。

 

ペネロペ・アンブリコ

なんなんだー、これは?って感じですよね。
いろんなエフェクトがかかっていて目がチカチカします。

『Range: of Master of Photography』というこの作品は、巨匠が撮った有名な風景写真にスマフォのフィルター加工をかけまくり新たな作品として昇華させたものです。

そこ(=現在主流のSNS)では純粋に被写体や風景を、撮影者の社会的文脈と切り離して、作品そのものとして鑑賞するという従来の写真の文化は変質している。善し悪しの判断は別にしても、写真の社会的役割は、自立した作品から個人間のコミュニケーションの素材へと変化しているといえる。(中略)先述したように社会における写真という創作物の本質が作品からコミュニケーションの素材へと重心を移していくのだとすれば、写真を介して日々世界中で共有されているヴィジュアルコミュニケーションによって、私たちの「個人」という近代的な殻は、ゆるやかに大きな集合体「風景」へと溶け込んでいっているのかもしれない。アンブリコの作品は、そのリアリティをたたえている。

(アマナ『IMA Vol.17』「風景へと変換されるヴィジュアルカンバセーションズ」文=ドミニク・チェン P78より)

なるほどー。評価する人の捉え方も面白いですね。

 

“今”に向き合うとき、新しい風景は開かれる

いかがでしたでしょうか。

ご紹介した3人の作家たちは、いずれも現代における問題や特殊性を見つめ、独自のアプローチで切り込むことにより、その本質を今まで見たことのないかたちで僕たちに示してくれました

 

◎紹介した本

48歳で写真をはじめ、1年半で博物館にコレクションされた写真家・ジュリア・マーガレット・キャメロン前のページ

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